
文春オンライン編集長が語る、全社展開で記事数増加を実現した老舗出版社のAI活用戦略
2025年11月19日
株式会社文藝春秋
株式会社文藝春秋が運営する「文春オンライン」は、月間500本超の記事を配信する国内屈指のデジタルメディアです。同社は2025年2月からAI編集アシスタントツール「StoryHub」を試験導入し、今では全社的な利用を進めることで、編集業務の効率化と記事制作数の増加を同時に実現しました。
文春オンライン編集長の池澤 龍太さんは、編集者を取り巻く環境について「業務量が10年、20年前と比べて圧倒的に増えている。いいコンテンツを作るだけでなく、それをいかに読者に届けるかまでを担う時代になりました」と語ります。またその一方で、安易な人員増強は難しく、現場からは疲弊の声が聞こえていたといいます。
文春オンラインではStoryHub導入後、人的リソースの増員なしで記事制作数を増やしています。また有料コンテンツのダイジェスト版記事の制作やイベント・ポッドキャストの記事化など、これまでできなかったコンテンツづくりも実現しています。
老舗出版社がどのようにAI活用を組織全体に浸透させ、業務変革を実現したのか。池澤さんにうかがいました。
■プロフィール
池澤 龍太さん
株式会社文藝春秋 文春オンライン編集長
1982年、神奈川県生まれ。2006年、文藝春秋入社。『週刊文春』編集部、『文藝春秋』編集部を経て、2017年から『文春オンライン』編集部。事件、政治といった硬めのテーマから、地方の探索ルポ、鉄道、将棋、コミックまで幅広い記事を手掛ける。2023年7月より『文春オンライン』編集長に就任。オールドメディアに所属しているものの、実はインターネット老人会の一員。最近ハマっているのは釣りとサウナ。
■サマリ
StoryHub導入前の課題
StoryHub導入後の効果
——StoryHub導入のきっかけを教えてください。
池澤さん:StoryHubの代表である田島さん(代表取締役の田島将太)が、5年以上前から弊社のアナリストを務めてくださっており、データ基盤の構築もお任せしている状況でした(編集注:田島はStoryHubを起業する以前から、文春オンラインの支援をしていました。当時の記事はこちら)。
その後、田島さんが起業して新しいビジネスを始めたという話は聞いていましたが、軌道に乗ったタイミングでStoryHubのトライアルのオファーをいただいたので、「とりあえずやってみましょう」となって、導入したのがいうことで始めたのが直接的なきっかけです。
より大きな背景をお伝えすると、弊社としてのAIの活用については2年ほど前から検討していました。週刊誌である『週刊文春』では、スクープ記事の「速報」を毎週水曜日にネットで配信しています。週刊文春は木曜日発売なので、前日にダイジェスト版兼告知記事として配信しているわけです。「ダイジェスト記事であれば、AIに任せられるのではないか」と編集部で試してみたのですが、正直なところまったく使い物になりませんでした。
——それはChatGPTやClaude、Geminiといった生成AIサービスでしょうか。

池澤さん:詳細は分からないですが、当時はAIの性能がそもそも今ほど良くなかったんだと思います。もしかしたら記事内にセンシティブなワードが含まれる場合もあるので、それが影響したのかもしれません。
とにかく「手直しをするくらいなら、最初から人間がやった方が早い」という結論になり、「AIは編集業務で使いにくい」という印象を持っていました。
ただ、業務効率化のニーズ自体はそれ以後もずっとありました。それで「田島さんが作ったものなら試してみよう」と思って実際にStoryHubを使ってみたのですが、「日本語の文章としては相当洗練された、自然な出力をする」というのが第一印象でした。そこから1カ月間のトライアルをしましたが、編集部でも「これはいい」となって導入を決めました。
——導入の背景にあった、御社の課題について詳しく教えてください。
池澤さん:デジタル化にともなう編集者の業務量増大は、構造的な問題です。10年前や20年前であれば、編集者は「良い売り物になるコンテンツを作れば、それが(自然と)売れてビジネスになる」という世界観でした。しかし令和の編集者は、「良いものを作るのは当たり前」で、それを「いかに売るか」までの責任を負う仕事になっています。
これは報道・ノンフィクション分野だけでなく、文芸編集者も同様です。作家さんから素晴らしい原稿をいただいても、それで終わりではありません。原稿を読者に届けることや、まだ読者でない人を読者にするために何ができるかを考えるといったことも、やらなければなりません。
とはいえ活字離れ・雑誌離れと言われる中、会社としては業務量の増加に合わせて人をどんどん増やすわけにはいきません。結果として現場からは疲弊している声が伝わってきており、効率化や業務量を軽減できるすべがあればいいなと常に思っていました。
——実際にStoryHubをどのように使っているのでしょうか?
池澤さん:大きく分けて3つの用途があります。
1つめは、紙(雑誌)で有料発売しているコンテンツのダイジェスト版記事の作成です。前述のとおり弊社は雑誌の電子版としてサブスクリプションサービスも展開しています。そこでは有料コンテンツの一部をデジタルで無料公開するダイジェスト版記事を制作しています。
重要な仕事なのですが、記事本数が多く、正確性は必要なものの、創造性をあまり要求されない業務です。電子版に力を入れるにつれて記事の本数が増え続けていましたが、AIを活用することで効率化できました。
2つ目は、書籍関連のイベントやポッドキャストの記事化です。これまでも書店でのトークイベントや作家さんのポッドキャスト出演などはあったのですが、これらはイベント単体で完結するのですが、今の編集者たちは「どうせならウェブにも記事として出したい」と考えるようになってきました。
そうは言っても、今までは編集者がツールを使って文字起こしのデータを作り、それを整理・編集するという作業が必要でした。音声・映像データをStoryHubに入れてイベントレポートとして出力することで大幅に効率化されました。
3つ目は、自社の報道に対する読者反応をまとめた派生記事です。他社の報道や世間の話題のような、「SNSの声拾い」はしませんが、スクープ記事がすぐ埋もれてしまう現状を鑑みると、自社報道をフォローアップすることには意義があると考えています。
——全社的にStoryHubを導入しているとのことでしたが、組織体制について教えてください。
池澤さん:現在は全社的にStoryHubを使える環境になっており、編集部ごとにグループを分けて利用しています。文春オンラインと週刊文春が1つのグループ、『月刊文藝春秋』、スポーツ雑誌『Number』、女性雑誌『CREA』、文芸・書籍グループ、そして営業部・広告部などの業務部門で、全部で6グループに分かれています。
——編集部門以外でも活用されているのですね。
池澤さん:書籍を出版すると、それに付随する告知の文章が多数必要になります。プレスリリースやAmazonの書籍紹介文、文庫本であれば巻末の他書籍紹介文など、それぞれ微妙に文字数や仕様が異なる文章です。こうした文章の作成には、AIの使い勝手が非常に良いと感じています。
——伝統メディアにおいて、AIツールを全社展開するというのは、困難なことなのではないでしょうか。
池澤さん:確かに悩ましいところはあります。私の立場は文春オンラインの編集長ですが、行きがかり上StoryHubの社内担当窓口にもなっており、他グループからの意見や要望も私のところに回ってきます。
現状は各部署に担当者レベルで関心を持って使いこなしている人が何人かいる、という状況です。AIツールの使用を強要することはできませんが、文春オンラインのチームが楽しそうに、役に立っている雰囲気を社内で出すことで、「AIツールもいいものなのかな」と思ってもらえるのではないかと考えています。
意外かもしれませんが、文芸・書籍グループの利用も非常に進んでいます。業務量の増加が切迫した問題としてあるため、「使っていかないと無理」という空気感があり、結果的に利用が進んでいます。

——知見の共有や社内での展開はどのようにしているのですか。
池澤さん:StoryHubさんにご協力いただき、月1回の社内定例会議を実施しています。そこでグループごとの成功事例の共有や、レシピの横展開を行っています。「StoryHubを使う可能性がある、興味がある」という人なら、誰でも参加できる会にしています。レジュメと録画データは社内に共有しています。
——導入効果を数値的に教えていただけますか。
池澤さん:弊社では月額100万円でStoryHubと契約していますが、おそらく2〜3倍の価値を得ていると考えています。
サブスクリプション契約や書籍購入につながる記事数が導入前と比べて増加しています。ウェブメディアは従来と比べて広告単価の面でも厳しく、アクセス数の獲得も困難になっています。ですが、同じ人数で作っていても記事数を増やせているので、「StoryHubがなかったら、さらに厳しい」と実感しています。
——以前、他の生成AIサービスを試したことがあるとのことでした。それらとStoryHubとの違いはありますか。
池澤さん:私自身はAIにあまり詳しくありませんが、若い編集者たちは個人的にChatGPTなどを契約して使っています。また会社としてGoogle Workspaceを法人契約しているため、Geminiは有料プランで利用可能です。ただ、どの程度使われているかは把握していません。
今では「オールドメディア」と呼ばれるような伝統メディアの企業では、「手軽に使えること」がサービス導入の最重要のポイントです。プロンプトを打ち込むなど、新たに学ばないと使えないシステムだと、その時点で社員が身構えてしまい、使わないという話になりがちです。
ですがStoryHubは共有ドライブに音声や動画といった素材をアップロードして、指定のレシピで起動すれば文章を作れます。今までの仕事の延長線上の作業で使えることの価値が大きかったと思います。

——特に活用している機能はありますか。
池澤さん:文字起こし機能の精度は社内で評価されています。話者の区分もしっかりできているので、他の文字起こしサービスを使っていた人が、まずは取材内容を把握するためにStoryHubで文字起こしをするということも多いです。
タイトル提案機能もよく使われています。紙の雑誌に掲載するタイトルとウェブで読まれるタイトルというのはまったく違うので、一度に5つのタイトルを提案してもらえる点は便利です。現状、提案されたものをそのまま使うことはあまりありませんが、5つの提案要素をうまく組み合わせて使うケースは多いです。
タイアップ広告を制作するチームでも、記事の内容はライターさんやチームメンバーが担当しますが、最後にタイトル付けで悩むことが多くあります。そんなときにタイトル提案機能を活用していると聞いています。
——今後、StoryHubを活用して取り組みたいことはありますか。
池澤さん:現在考えているのは、弊社で展開している動画サイト「文芸春秋PLUS」との連携です。文芸春秋PLUSは2024年12月に立ち上がった比較的新しいメディアで、今は毎日1〜2本の政治・経済動画を配信しています。
きちんとしたクオリティのコンテンツを毎日更新していますが、まだテキストでの記事化にはあまり手間をかけられていません。ですが今後、動画とテキストメディアを組み合わせて作ることができれば、メディア自体の収益性向上と動画へのアテンション増加が期待できます。これを人間がやると大変ですが、できる限り自動化に近いかたちで実現したいと考えています。
——メディア業界人のキャリア形成において、AIの活用というのはどんな位置づけになっていくのでしょうか。
池澤さん:メディア業界は10年ほど前から大きく流動化しており、大手企業も積極的に中途採用をしています。転職環境自体は整備されつつありますが、特に中途採用では客観的に評価できる能力が求められます。そういう意味では、AI活用スキルがないと評価されない状況になっていくでしょう。
転職を推奨しているわけではありませんが、社内でも、「AI活用スキルは今後編集者として必要な能力であり、現在の職場でも将来の職場でも活かせる」と話しています。
一方で課題もあります。田島さんは以前、「AIは70〜80点のものを量産できる。あとはそれをどう活かすか」と語っていました。ですが、自分で80〜90点のものを作ったことがない人が70点のものを90点にするのは困難です。
AIがさらに高精度になって、80〜90点以上のものを量産できるようになる可能性もありますが、現時点では90点以上のものを作るほどに成長することは人間にとっても非常に困難です。今まで新人が技術向上のために担当していた業務がAIに置き換わっていくこの時代に、若い人たちはどこで練習し、技術を磨くのか、という問題があります。

——御社における「人とAI」の関係性をどうとらえていますか。
池澤さん:現時点では、「うまく活用できる人」と「まだ使いこなせていない人」の両方がいます。AIに向いている業務とそうでない業務があり、AIをどう使うかも人間が考えています。このあたりは、今後半年から1年かけて取り組むべきことの余地があると思います。
自分でStoryHubのレシピを作る人はまだそれほど多くありませんが、今はレシピの自動作成機能もできたので、以前より作りやすくなっています。本来、私は怠け者で楽をしたいタイプなので、いい原稿を仕上げてくれるようなレシピを考えるのはとても楽しい。ですが、弊社は真面目な人が多く、楽をすることがあまり美徳とされない企業文化があるかもしれません。
文春オンラインは社内ベンチャー的な新しい部署で、常に業務が増加する環境のため、「楽をしないといけない」という認識が上から浸透しています。そういう意味でStoryHubと相性がよかったのです。しかし、社内全体の空気としても「そんな(AIサービスを使う、使わないというような)ことを言っていられない」という方向に徐々に変化しています。
——今後、StoryHubに欲しい機能はありますか。
池澤さん:最終的にはCMS(コンテンツ管理システム)との連携があると非常に便利で、利用が一気に加速するでしょう。
今のStoryHubでは、タイトル提案などをしようとすると、複数の画面を行き来する必要があります。ですが、CMSのタイトル欄にあるボタンを押すと、その場で複数のタイトルが提案されるようになれば、数倍便利になり、みんな使うようになると思います。
また、こちらが修正した内容を学習してもらえると楽になりそうです。個人や媒体の「くせ」を覚えるような機能があるといいですね。
活字メディアの可能性は依然として大きく、動画とのクロスメディア展開で新しい読者や視聴者を獲得できる手応えを感じています。AIを効果的に活用し、編集者本来の創造的業務に集中できる環境を構築することが、今後のメディア運営の鍵になるでしょう。
StoryHubのような生成AI編集ツールを検討している企業は、まず小さな範囲でトライアルを開始し、成功体験を積み重ねながら段階的に展開することをお勧めします。技術の進歩は速いですが、組織文化の変化には時間がかかります。現場の声を聞きながら、着実に活用範囲を広げていくことが成功への道筋となるはずです。

StoryHubでは2週間の無料トライアルを実施中です。カスタマーサクセスチームによる導入支援や、企業ごとのオリジナルのプロンプト自動生成機能もあります。AIを活用したコンテンツ制作にご興味をお持ちの方は、ぜひ一度下記よりお試しください。
執筆:StoryHub(AI編集アシスタント)
編集:インクワイア
撮影:関口達朗